護憲派と保守派の再定義


岩波書店の「世界」2007年5月号に、佐藤優が「山川均の平和憲法擁護戦略」という論文を寄稿している。
その中で佐藤氏は、自分自身を「現行憲法の条項には一切、改変を加えてはならないと考えるかなり硬直した護憲の立場に立つ。」と称している。
一方、同じ論文の中で佐藤氏は自分自身を保守派とも称している。
一般的には、「護憲派=左派(非保守派)」、「保守派=改憲派」というイメージがあるので、佐藤氏のこの主張は世間一般の護憲・保守のイメージを覆すことになる。
と同時に「護憲」「保守」の定義について重要なヒントを与えてくれた。
佐藤氏は、一般的な「護憲派=憲法9条改正反対派」は、本音では天皇制廃止の共和制論者だろうと推察し、天皇制廃止論者(=憲法第1章改正派)が護憲派を主張することに異議を唱えている。
(同様の意見は何年も前に、テレビ番組(多分「たけしのTVタックル」だったはず)で、浜田幸一共産党の政治家に対して言っていた。)
護憲派」とは何か、「保守派」とは何かという定義は、憲法のどの条項を護る(まもる)のか、社会の何を保守するのかによって、その内実がかわってくるだろう。

戦後憲法の3つの理念

戦後憲法は次の3つの柱(理念)から成り立っている。
1・象徴天皇制。2・リベラルデモクラシーの理念。3・憲法9条の平和主義。
この3つの理念をすべて擁護・保守しようとする佐藤優が、自身を「護憲派」「保守派」と称するのは極めて理にかなっている。
一方、天皇制を廃止しようと考える人が自らを「護憲派」と名乗るのは、佐藤氏や浜田氏が批判するように矛盾しているだろう。
また、憲法改正論者は「右派」ではあるかもしれないが、憲法に関しては「保守派」ではなく「革新派・改革派」であろう(「復古派」ともいうが)。

戦後憲法の3つの理念にどういったスタンスをとるかによって、6つのタイプに分類できる。
A・社会主義
  天皇制廃止。リベラルデモクラシー否定=社会主義支持。憲法9条擁護。
B・共和主義派
  天皇制廃止。リベラルデモクラシー支持。憲法9条擁護。
C・戦後民主主義
  象徴天皇制支持。リベラルデモクラシー支持。憲法9条擁護。
D・リベラル改憲派
  象徴天皇制支持。リベラルデモクラシー支持。憲法9条改正。
E・戦前回帰派
  天皇制支持。リベラルデモクラシー否定=明治憲法体制回帰。憲法9条改正。
*Eの戦前回帰派は、現在の象徴天皇制に近い形を支持する人から、明治憲法天皇主権復活を主張する人まで、天皇制のあり方について意見が分かれる可能性がある。
 また、リベラルデモクラシーを否定してどのような政治体制を構築するのかについては、明確な考えをもっている人は少ないだろう。
 戦後憲法戦後民主主義を批判すること自体が目的となってしまい、自主憲法制定・憲法改正を主張しても、提示する憲法案は現行憲法の字面を修正する程度で根本的な変革案を提示できていない。
 リベラルデモクラシーを根本的に否定している人は、明治憲法をそのまま復活させようと考えている人ぐらいだろう。
 天皇制と政治制度を、明治憲法と戦後憲法の折衷的(中間的)なものにしようと主張する人を、明治憲法復活派と区別しておく。
E・戦前回帰穏健派
 天皇制と政治制度を、明治憲法と戦後憲法の折衷的(中間的)なものにする。憲法9条改正。
F・明治憲法復活派
 天皇主権制。明治憲法体制回帰。憲法9条改正。

Aの社会主義派、Bの共和主義派の中にも憲法9条改正派はいるはずだが、少数派なのでここでは除外しておいた。

上記の6タイプの中で、厳密に護憲派と呼べるのはCの戦後民主主義派だけだろう。
ただ、ある時点から憲法9条擁護派=「護憲派」、9条改正派=「改憲派」という呼称がマスメディアで使われるようになり、現在もそうした状況が続いている。

革新と保守の境界線

革新という言葉は現在では死語に近いが、かつては左翼とほぼ同義語とみなされ、思想・言論空間では大きな役割を担っていた。
戦後の「保守派」は、革新=左翼に批判的な人たちの総称だったといえる。
ただし、革新と保守の区分も、何を革新しようとするのか、何を保守しようとするのかによってその境界線がちがってくる。
佐藤優のように、天皇制廃止論者=革新(左翼)と認識した場合、象徴天皇制を支持するCの戦後民主主義派は保守となる(保守=天皇制を保守)。
憲法9条を支持する人を革新と定義した場合は、戦後民主主義派は革新側になる(革新=軍隊と交戦権を放棄。保守=国家が軍隊と交戦権をもつことを保守)。
民主主義体制を支持する人を革新とした場合は、Dのリベラル改憲派も革新側となる(革新=戦前の体制を革新。保守=戦前の体制を保守)。

[革新・保守の分類]
1−天皇制擁護者=保守とする発想。佐藤優の立場
   革新=Aの社会主義派とBの共和主義派
   保守=Cの戦後民主主義派からFの明治復古派まで
2−憲法9条改正派=保守とする発想。
   革新=Aの社会主義派からCの戦後民主主義派まで
   保守=Dのリベラル改憲派からFの明治復古派まで
3−戦前回帰派=保守とする発想。
   革新=Aの社会主義派からDのリベラル改憲派まで
   保守=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派

リベラルと保守の境界線

民主主義体制を支持する人をリベラル派、これを批判する人を保守派とすると、戦後民主主義派・リベラル改憲派はともにリベラル派となり、戦後民主主義体制を擁護する佐藤氏が保守派を名乗るのは矛盾する。
また、社会主義派をリベラルと呼ぶことの妥当性も問われる。思想的には、社会主義者はリベラルデモクラシーやリベラリズムに批判的だから、リベラルと呼ぶことは適切ではない。
だが、リベラルという言葉を「非−保守」「左派」と同義語とすれば、リベラルと呼ぶことも可能となる。

 [リベラルと保守の境界線]
1・リベラル=非保守=左派とした場合
   リベラル=Aの社会主義派からDのリベラル改憲派まで
   保  守=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派
2・社会主義派=非リベラルとした場合
   リベラル=Bの共和主義派からDのリベラル改憲派まで
   保  守=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派

左翼・中道・右翼の区分

左翼・右翼という言葉を、左派・右派と同義語とみなすか、左翼と右翼の間に中道という概念をおくかによって、左翼・右翼の分岐点はことなってくる。
ここでは、後者の立場(左翼・中道・右翼の3分類)に立って、左翼・右翼の分岐点、中道の範囲を考えてみたい。
中道案a.リベラルデモクラシー擁護派を中道とみなした場合
中道案b.象徴天皇制支持、リベラルデモクラシー擁護派を中道とみなした場合

 [左翼・中道・右翼の境界線]
1・中道案a 
   左翼=Aの社会主義
   中道=Bの共和主義派からDのリベラル改憲派まで
   右翼=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派
2・中道案b
   左翼=Aの社会主義派とBの共和主義派
   中道=Cの戦後民主主義派とDのリベラル改憲派
   右翼=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派

左派・右派の分岐点

左派と右派の分断線を憲法9条への態度におけば、Dのリベラル改憲派は右派に分類される。
しかし、分断線をリベラルデモクラシーへの態度におけば、Dのリベラル改憲派は左派に分類される。

 [左派・右派の境界線]
1・憲法9条改正反対派=左派。改正派=右派
   左派=Aの社会主義派からCの戦後民主主義派まで
   右派=Dのリベラル改憲派からFの明治復古派まで
2・リベラルデモクラシー擁護派=左派。批判派=右派
   左派=Aの社会主義派からDのリベラル改憲派まで
   右派=Eの戦前回帰穏健派とFの明治復古派

左派と右派・リベラルと保守

現在では、左派=リベラル派、右派=保守派とみなされることが多い。
この場合、左派と右派の分断線をどこにおくかによって、Dのリベラル改憲派は、保守派にも分類できるしリベラル派にも分類できる。
分断線を憲法9条においた場合:Dのリベラル改憲派=保守派(右派)
分断線をリベラルデモクラシーへの態度においた場合:Dのリベラル改憲派=リベラル派(左派)
Cの戦後民主主義派は、世間的には左翼・左派・リベラル派とみなされているし、自身をそう認識している人が多い。
佐藤優のように、自身を(Cの意味での)戦後民主主義派と認識しながら「保守派」を名乗る人は稀なケースといえる。
ただし、自身を左派と認識している戦後民主主義派は、知識人と呼ばれている人たちに多いだろう。
国民の多数派は、(Cの意味での)戦後民主主義派であろうが、同時に保守的とみなされているから、佐藤氏が自身を保守と認識するのは、知識人の中では珍しいケースだが、一般国民の中ではおかしなことではないのかもしれない。
また、中島岳志も自らを保守と称しているが、中島氏の場合、社会思想上の「穏健的改良主義者(漸進主義者)=保守主義者」という定義に従って保守を名乗っているので(西部邁も自著で自らをそう称していた)、世間一般での保守派(右派)とは意味合いがかなりことなっている。
戦後の保守が、元々左翼(革新派)に対する対抗概念であったために、保守の定義が人によってまちまちなため、極右派からリベラル派まで、幅広い層の人が保守を自称するという、言葉のアナーキー状態が生じている。

以上の点を踏まえて、左翼・リベラル派・左派−右翼・保守派・右派を分類する1つの目安を提示してみます。
A・社会主義
   左派・左翼
B・共和主義派
   左派・リベラル派
   左翼(天皇制廃止論者を左翼とした場合)
   中道・中道左派(リベラルデモクラシー擁護派を中道とみなした場合)
C・戦後民主主義
   リベラル派・中道・中道左派
   左派(憲法9条擁護派、リベラルデモクラシー擁護派を左派とみなした場合)
   保守派(天皇制擁護者を保守派とみなした場合)
D・リベラル改憲派
   リベラル派・リベラル右派・中道派・中道右派
  *リベラルデモクラシー擁護派を左派とした場合は左派
   憲法9条改正派を右派・保守派とした場合は右派・保守派
   右と左を何を基準にして分けるかで、右派(保守派)にも左派にもなる
E・戦前回帰穏健派とF・明治憲法復活派
   右派・保守派・右翼