戦後日本人の2つの信仰


日本人は無宗教だ、といった言説をよく耳にする。
特定の宗教を信仰している人は少数かもしれないが、宗教でないものを信仰の対象にしている人たちはかなりいる。
戦後日本人が信仰の対象としているのは、天皇(皇室・天皇制)と憲法9条の2つだろう。
天皇憲法9条、2つを信仰の対象としている人が一番多いかもしれない。
そして天皇のみを信仰している右派・保守派、憲法9条のみを信仰している左派、両者を信仰の対象にしていない人たちに分類される。
なお、ここで言う天皇信仰者とは、天皇制を支持している人のこと(天皇制支持者=天皇信仰者)ではない。
同じように、憲法9条信仰者とは、憲法9条擁護派あるいは9条改正反対派のこと(憲法9条擁護派=9条信仰者)ではない。
天皇憲法9条を信仰している人とは、それらを信仰することを心の支え・拠り所、自己のアイデンティティとしている人のことである。
彼らにとっては、天皇制の廃止や憲法9条の改正はアイデンティティの崩壊につながることだから、これらの議論に対して感情的な反応を示す。
天皇信仰者は、天皇制の廃止を日本という国家の崩壊と同一の現象だと考えている。
天皇制が廃止されたとしても、それは政治体制の変革を意味するだけであって、日本という国家がなくなるわけではない(日本という国名がなくなり、別の国家名になる可能性はあるが)。
天皇制の存続と廃止、どちらが多くの国民にとって望ましい結果をもたらすのか、また存続させる場合はどのような形で存続させるのが国民、天皇自身、皇族達にとってよいのかを冷静に考えようとする姿勢がない(左翼の中には、天皇制を廃止すれば日本がよくなる、天皇制の廃止こそが正しい歴史の歩みだと考えている人もいるが、こちらは逆に「反天皇制信仰」に陥っているといえるかもしれない)。
一方、憲法9条信仰者は、憲法自衛隊、日本の軍事政策がどうあることが国民に一番よい結果をもたらすのかを、現実主義的な立場から考えようとしない。
自分たちの理想が実現可能か、どうすれば実現できるのかといった思考を放棄し、現実の政治に影響をもたらさないスローガンを掲げるだけになってしまったといえるだろう。
戦後の日本では、天皇制と軍事の問題が政策の問題ではなくイデオロギーの問題となってしまい、左右両派のステレオタイプの論争へと収斂していったといえる。
天皇制に関しては戦前から、あるいはそれ以前から常にイデオロギーの問題であったのかもしれないが。)

追記:憲法9条を信仰の対象にする人が多かったのは80年代までかもしれない。
90年代以降は、(若い人たちを中心に)憲法9条こそが戦後の日本をダメにした元凶であり、これを改正(廃止)すれば日本がよくなると考えている人が増えているようにみえる。
一部の左翼が、 天皇制を廃止すれば日本がよくなると考えているのと似たような現象が生じているようだ。
憲法9条を改正すれば日本がよくなると考えている人は、「反憲法9条信仰」に陥っているといえるかもしれない。

なお、私自身は憲法9条改正には批判的な立場をとっている(「消極的護憲派」という言葉は結構気に入っているし、自分もこの立場に属するかもしれない)。
ただし、一番大切なのは、憲法9条を守ることでも改正することでもなく、多くの国民が安心できる、あるいは多くの国民にとって望ましい軍事(防衛・安全保障)政策はどうあるべきかを考えることだとも考えている。