テーマとストーリーからみた必殺シリーズの変遷1
2つのテーマ・3つのストーリー要素
初期必殺シリーズは、2つのテーマ、3つのストーリー要素から成り立っている。
1つ目のテーマは<ピカレスクロマン>。これは「お金を貰って人様のお命を頂戴する裏稼業の人間たちの姿を描く」というテーマである。
2つ目のテーマは<カタルシス(懲悪)ドラマ>。こちらは「主人公たちが、頼み人の晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ悪人たちを制裁することによって、視聴者にカタルシス感をもたらす」というテーマである。
この2つのテーマは本質的に矛盾した関係にある。「頼み人の恨みを晴らす、悪人たちを裁く」というテーマを強調すると、<ピカレスクロマン>のもつ背徳性は薄れてしまうし、作品自体「勧善懲悪時代劇」の1バリエーションになる。
一方、<ピカレスクロマン>に重きをおいた場合、「懲悪ドラマ」において制裁される側の人間たちを主人公に描くことになるから、「勧善懲悪時代劇」とは対極にある作品となる。
2つのテーマは、具体的にはストーリー作りと、裏の仕事を遂行する際の主人公たちの意識に反映されている。
<カタルシス(懲悪)ドラマ>に重きをおいたストーリーは、悪役の悪事や被害者の悲しみの姿を描いた「シリアスな人間ドラマ」となりやすい。それに対して<ピカレスクロマン>に重きをおいたストーリーは、仕事の依頼をうけた後の主人公たちの裏稼業を描いたフィクション・ハードボイルド性の高いストーリーになりやすい。
また、<カタルシス(懲悪)ドラマ>に重きをおいた作品では、主人公たちは頼み人に代わってその恨みを晴らす、悪人たちを制裁するという明確な意志をもって仕事を行う。一方、<ピカレスクロマン>に重きをおいた作品では、主人公たちは頼み人への同情や、殺す相手への怒りの感情などをもたずに冷徹に仕事を遂行する。
3つのストーリー要素とは、「フィクション」としての面白さ、「ハードボイルド」としての緊張感、「シリアスな人間ドラマ」のことである。
殺し屋たちの裏稼業を描くというストーリー自体が「フィクション」色の強いものであるし、その他にもミステリー仕立ての作品、コメディタッチの作品などが「フィクション」としての面白さを追求したストーリーといえる。
「ハードボイルド」色の強いストーリーは、主人公たちの裏稼業を殺る(やる)か殺られる(やられる)かといった緊張感をもって描いたもの、敵対する裏稼業の人間たちとの抗争を描いたもの、主人公たちを捕えようとする役人(奉行所・火盗改め等)との抗争を描いたもの、主人公たちが逆に命を狙われるものなどがある。
「シリアスな人間ドラマ」とは、文字通りレギュラー・ゲスト・被害者・頼み人・悪役たちの間で繰り広げられるシリアスな人間ドラマのことである。「シリアスな人間ドラマ」のうち、悪役の悪事、被害者・頼み人たちの悲しみの姿を描いたドラマを「カタルシスドラマ」と呼び、それ以外のものを「(狭義の)シリアスドラマ」と呼ぶ。
「フィクション」「ハードボイルド」はストーリー展開(筋書き、プロット)の面白さを追求したものであり、「シリアスな人間ドラマ」と対極にあるといえる。
ストーリー展開(筋書き)の面白さを追求したストーリー=「フィクション」+「ハードボイルド」
「(広義の)シリアスな人間ドラマ」=「カタルシスドラマ」+「(狭義の)シリアスドラマ」
初期の必殺シリーズは、各シリーズ毎にテーマとストーリーの比重のおき方が異なっていた。それが各シリーズの個性や特徴になっていたといえる。
必殺仕掛人(1作目)
両テーマ並立、フィクション・ハードボイルド重視のストーリー
テーマの特徴
必殺シリーズの2つのテーマは、シリーズ1作目「必殺仕掛人」において明確に提示されていた。オープニングナレーション中の、「晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す」というセリフが<カタルシス(懲悪)ドラマ>のテーマを表現し、「人知れず仕掛けて仕損じなし」「ただしこの稼業江戸職業づくしにはのっていない」というセリフが<ピカレスクロマン>のテーマを表現している。
ストーリーの内容や、仕掛人たちの裏稼業遂行の際の意識などをシリーズ全体を通してみると、2つのテーマに同じ比重をおいたバランスのとれた作品作りがなされたといえる。
−テーマとキャラクターの関係
「裏の仕事を稼業(ビジネス)と割り切って、頼み人への同情や殺す相手への怒りの感情をもたずに冷徹に仕事を遂行する」藤枝梅安は、<ピカレスクロマン>を体現するキャラクターといえる。それに対して「裏の仕事は単なる人殺しではなく、力なき頼み人たちの晴らせぬ恨みを晴らす行為であり、世のため人のためにならない悪党を始末する懲悪的な行為である」という認識をもった元締の音羽屋半右衛門は、<カタルシス(懲悪)ドラマ>を体現するキャラクターといえる。
(もちろん厳密に各作品を分析すれば、藤枝梅安が頼み人への同情や悪人への怒りの感情をもって仕事を遂行する場合もあるし、音羽屋半右衛門が単なる商売として裏の仕事を引き受ける場合もあるだろう。)
西村左内は明確にどちらかのテーマを体現しているとはいえないが、梅安と比較すれば<カタルシス(懲悪)ドラマ>を体現しているキャラクターといえるかもしれない。
なお、梅安の体現している<ピカレスクロマン>のテーマ(頼み人への同情や殺す相手への怒りの感情をもたずに行うビジネスライクな裏稼業を描いたテーマ)を「プロフェッショナル型ピカレスクロマン」と表現しておく。
ストーリーの特徴
このシリーズ全体を見渡した場合、仕掛人たちの裏稼業を描いたフィクション・ハードボイルド性の強いストーリーに重きがおかれている。
ただ、フィクション・ハードボイルド性の強いストーリーの中にシリアスな人間ドラマの要素を加えることによって、3つのストーリー要素のバランスをはかっているといえる。
だが、次作の「必殺仕置人」と比べると顕著になるのだが、このシリーズはストーリー展開・筋書きの面白さを何よりも重視しているといえる。
まとめ
テーマとしては、2つのテーマに同じ比重をおいたバランスのとれた作品作りがなされた。
また、「プロフェッショナル型ピカレスクロマン」という、後の「必殺仕置屋稼業」「必殺仕業人」「新必殺仕置人」で全面的に追及されることになるテーマがこの時点でうちだされていた。
主人公たちの裏稼業を描いたフィクション・ハードボイルド性の強いストーリー作りは、その後「助け人走る」「必殺必中仕事屋稼業」「必殺仕置屋稼業」「新必殺仕置人」に受け継がれていった。
必殺シリーズの2つのテーマ、3つのストーリー要素がすべてこのシリーズにおいて提示されており、文字どおり必殺シリーズの原点といえる。
以後のシリーズは、このシリーズで提示されたテーマやストーリーのある部分を強調することによってそのシリーズの個性をうちだしていった。
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