テーマとストーリーからみた必殺シリーズの変遷5

必殺からくり人(8作目)

独創的な制作姿勢、テーマの2次化現象

テーマの特徴

シリーズ第8弾となった本シリーズ「必殺からくり人」は、設定・キャラクターともにそれまでの基本フォーマットに拘束されない自由で独創的な制作姿勢で作られているが、テーマとストーリーにおいても、他のシリーズにはみられない特徴がある。
このシリーズに関しては、1987年ごろ発売された「サウンドトラック」LPの解説と、1996年刊行の「さらば必殺!裏稼業の凄い奴ら」(フットワーク出版社)所収の論文「研究・必殺からくり人」が参考になった(両方とも現在は入手困難なはずである。筆者が初めて「必殺からくり人」を全話通してみたのは、1997年テレビ埼玉(現テレ玉)で放送された時である)。
必殺シリーズは、「闇の世界の住人の裏稼業を描いたピカレスクロマン」と「頼み人の晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ悪を消すカタルシス(懲悪)ドラマ」、2つのテーマから成り立っていると繰り返し述べてきたが、このシリーズはこの2つのテーマどちらにも重きがおかれていない。メインライター早坂暁の描いた「必殺のテーマや基本フォーマット」にとらわれない自由なストーリー自体が全面におしだされている。
ピカレスクロマンに重きをおいた作品では、主人公たちの裏稼業を描いたストーリーのクライマックスとして殺しのシーンが重要になる。一方、カタルシス(懲悪)ドラマに重きをおいた作品では、クライマックスの殺しのシーンの描写により視聴者にカタルシス感・解放感をもたらすことが一番の目的となっている。
しかし「からくり人」は脚本そのもの、ストーリーそのものがメインとなり、殺しのシーンはおまけ(一種のファンサービス)として描かれている回が多い(「ウルトラセブン」で、SFタッチのストーリー(脚本)そのものがメインとなり、怪獣・宇宙人との戦いがファンサービス用の付けたしとなっている回がかなりあることを想起させる)。また、仕事の依頼自体ない回がかなりあることも2つのテーマから自由に作品を作っていることの証拠だろう。
2つのテーマを意識せずに書かれたストーリーがメインテーマとなり、ピカレスクロマン・カタルシス(懲悪)ドラマは2次的なテーマになったといえる。
あくまでも2次的なテーマにすぎないが、2つのテーマどちらが比重が高いかとみれば、カタルシスドラマの要素の方がつよいとはいえる。第1話で元締の壺屋蘭兵衛が、金をもっていない頼み人からは頼み料を受け取らずに仕事を引き受けていると語っていること、シリーズ中の数作品で花乃屋仇吉が報酬なしで仕事を引き受けている点、最終回で仇吉が「私たちは涙以外とは手を組まない」と語っていることにそのことがうかがえる。特にこのシリーズでは、カタルシス(懲悪)ドラマのうち、悪人を制裁するという懲悪的要素よりも、晴らせぬ恨みを晴らすという要素に重きがおかれているようにみえる。
なお、ピカレスクロマンのテーマは、主人公たちが島抜けをしたお尋ね者であり、幕府の眼を避けながら生きているという点に活かされている。

ストーリーの特徴

ピカレスクロマンに重きをおいたストーリーは、「依頼を受けた後の仕事の遂行過程を描いたプロット(ピカレスクプロットと表記)」がメインとなり、カタルシス(懲悪)ドラマに重きをおいたストーリーは、「悪役の悪事や依頼の原因となる事件や出来事、被害者・頼み人たちの姿を描いたプロット(カタルシスプロットと表記)」がメインとなっていることも何度も述べてきたが、両テーマに重きをおいていないこのシリーズはストーリーの面でも従来のパターンを踏襲していない。
ピカレスクプロット中心の作品、カタルシスプロット中心の作品、両プロットとは別のプロット中心の作品等一作ごとに様々なパターンのものが制作された。
ストーリーの要素という点では、筋書き(ストーリー展開)の面白さを重視したフィクションの要素と、シリアスな人間ドラマの要素、2つに同じぐらいの比重がおかれたバランスのとれた作品作りとなっている。ハードボイルドの要素は、敵組織との抗争を描いたエピソードとして描かれていた。

感想

テレビ情報誌の読者投稿欄で、この作品のことを「必殺らしくない」と評した意見を目にしたことがある。それは、この作品が必殺の2つのテーマを重視していないことからくる自然な感想と思われる。
作品の完成度の高さとは裏腹に、関東地方では長い間再放送にも恵まれず、80年代、90年代は埋もれた名作的な扱いを受けていた。この作品は、必殺シリーズとは別の独立した作品として制作された方が正当な評価を受けていたかもしれない。

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必殺からくり人血風編(9作目)

シリアスドラマ重視のストーリー

テーマとストーリーの特徴

前作「必殺からくり人」は<ピカレスクロマン><カタルシス(懲悪)ドラマ>両テーマが2次的なものとなっていたが、シリーズ第9弾の本作「必殺からくり人血風編」も2つのテーマをつよく反映して制作されているわけではない。特にピカレスクロマンの要素はほとんどない(ただし、映像的には闇の世界を感じさせる耽美的な雰囲気があった)。「頼み人から依頼を受けて裏の仕事を遂行する」という必殺特有のパターンが、設定にもストーリーにもほとんど反映されていないのがこの作品の特徴である(そのことを、パターンにとらわれない斬新な制作姿勢と肯定的に評価するかは人によって判断がわかれるだろう。ちなみに前作「からくり人」にも同様の傾向はあった)。
番組開始当初、元締のおりくが「お金にならない仕事はお断り」と言っていたが、結局は報酬なしで殺しを行った回の方が多かった。また、からくり人たちの裏の仕事に対する意識も、人助け的な意識なのか、ビジネスとしての殺し屋的な意識なのか不明な回が多い。
このシリーズ自体が、次作の「新必殺仕置人」の撮影が遅れたために急遽穴埋めとして作られたそうだから、テーマやストーリーをどうするか、充分に企画を練り上げる余裕がなかったのかもしれない。

このシリーズのそれまでのシリーズとのちがいは、ストーリーの特徴にみられる。このシリーズでは「ピカレスクプロット(仕事の依頼を受けた後の裏稼業を描いたプロット)」に基づいた作品はほとんどなく、フィクション、ハードボイルド性のつよいストーリーもほとんどない。大部分が「カタルシスドラマ(悪役の悪事、被害者・頼み人の悲しみの姿を描いたドラマ)」「シリアスドラマ」である。
筆者の個人的感想は、「必殺以外のテレビ時代劇、勧善懲悪時代劇みたいだな。」というものである(同様の感想をインターネット上でみかけたこともある)。表面的・表層的に必殺っぽい雰囲気を漂わせていながら、中身は「カタルシスドラマ」「シリアスドラマ」である点など、一部のファンが必殺イミテーション番組と呼んでいる作品(「影同心」など)にちかいかもしれない。

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新必殺仕置人(10作目)

ピカレスクロマンとしての最終作、ハードボイルド性の強調

テーマの特徴

「必殺仕置屋稼業」以降、主水シリーズは<ピカレスクロマン>重視の作品作りがなされてきたが、シリーズ第10弾「新必殺仕置人」も「プロフェッショナル型ピカレスクロマン」のテーマに重きをおいて作品が制作されている。
念仏の鉄の再登場をうけて番組タイトルは「新必殺仕置人」となっているが、設定もテーマもストーリーも「仕置人」とは異なっており、むしろ「仕掛人」「仕置屋」の路線を継承した作品といえる。特に虎の会という殺し屋組織や、仕置人たちの監視役死神を登場させたことによって、表の世界では奉行所の眼をかいくぐり、裏の世界では死神の監視下で仕事を遂行しなければならないため、ピカレスクロマンのもつハードボイルド性が最も強調された作品となっている。
オープニングナレーションは「仕置人」のものを再使用しているが、「仕置人」のナレーションは「テロリスト型ピカレスクロマン」を表現したものなので、「新仕置人」のテーマや特徴をとらえたものとはなっていない。必殺シリーズのオープニングナレーションは、各シリーズの特色を巧みにとらえたものが多かったが、このシリーズはオープニングナレーションと作品のテーマとが乖離した珍しいシリーズとなってしまった。

 −テーマとキャラクターの関連
「プロフェッショナル型ピカレスクロマン」重視の制作姿勢を反映して、このシリーズに登場する3人の仕置人、中村主水、念仏の鉄、巳代松は皆「プロフェッショナル型ピカレスクロマン」を体現するプロの殺し屋として描かれている。「仕置人」時代からピカレスクロマンを体現していた念仏の鉄はもちろんのこと、表の生活では善人キャラの巳代松も、裏の仕事に対しては頼み人への同情や殺す相手への怒りの感情を持ち込まない、裏稼業をビジネスと割り切ったキャラクターとなっている。

ストーリーの特徴

このシリーズは、ストーリー的には2種類のタイプのものから成り立っている。
1つ目のものは、「仕掛人」「仕置屋」を継承した制作姿勢をうけて「ピカレスクプロット(仕事の依頼を受けた後の裏稼業を描いたプロット)」に基づいたフィクション、ハードボイルド性のつよい作品(フィクション色よりは、ハードボイルド色の方がつよくなっている)。
もう1つのものは、「仕置人」「仕留人」「仕業人」でみられた「カタルシスドラマ(悪役の悪事、被害者・頼み人の悲しみの姿を描いたドラマ)」「シリアスドラマ」。シリーズ全体を見渡すと両タイプのものがほぼ半分ずつ制作されている。
(結果的には初期シリーズの集大成といったかんじで、必殺シリーズの2つの系譜を両方受け継いだ作品になったと評価することもできる。)
なお、ハードボイルド色のつよい作品が半数ちかくを占めるシリーズは他にはないので、筆者はこのシリーズの最大の特徴はハードボイルド性の高さにあるとみている。

まとめ

全部で30作以上ある必殺シリーズの作品群の中でも、ピカレスクロマンのテーマが重視されたのは「必殺仕置屋稼業」「必殺仕業人」「新必殺仕置人」の3作品だけである(筆者はこの3作品を「ピカレスクロマン3部作」と名付けている)。
ストーリー的には「仕置屋」はフィクション重視、「仕業人」はシリアスな人間ドラマ重視、「新仕置人」はハードボイルド強調と、各シリーズがそれぞれ必殺の3つのストーリー要素の1つを象徴しているといえる。
また、「新仕置人」のエンディングを飾る「愛情無用」「解散無用」の2作は、このシリーズのラストを飾るだけでなく、5年間10作品に渡って作られてきた「ピカレスクロマンとしての必殺シリーズ」を締めくくる作品としても位置付けられる(特に次作の「新必殺からくり人」以降、スタッフがピカレスクロマンのテーマを放棄したために一層その感がつよい)。

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